江島健太郎 IT哲学「自分で自分をクビにするために働く」

Computerworld June 2008より

1997年−当事、ハードウェア・ベンダーからITサービスの会社へと大変革を遂げつつあった外資系ベンダーの神速採用面接を受けたとき野出来事である。面接も終盤にさしかかり、「弊社について、何か聞きたいことはありますか?」と聞かれたとき、私はすかさずこのような質問をした。

「IT業界というのはとても奇妙な業界だと思います。IT業界が目指す理想の世界が訪れるとき、つまり、ITのイノベーションによってだれもが個人で簡単に情報にアクセスできる時代が来るとき、今、御社が目指そうとしている、ITのソリューションを販売するという商売はなくなってしまうのではないでしょうか」
「自分で自分をクビにするためにイノベーションを起こすという、とても不思議な矛盾を抱えた仕事だと思うのですが、御社は50年後の自社がどのような姿になっているとお考えでしょうか」

今にして思えば、わざと答えのない問いを投げかけることで相手を困らせてやれという、ナイーブな若者にありがちな態度だったと少し反省している。しかし一方で、この問いは今も問い続ける価値のある問いだと考えている。

あるテクノロジーが、もしプロのエンジニア集団に何百万円も何千万円も出してカスタマイズしてもらわないと使えないようなものなら、それはそのテクノロジーが未熟であることにほかならない。カスタマイズをしなくても簡単に使えるように、絶えず進化していくのがイノベーションの宿命であり、また、ユーザーのほうもテクノロジーに対するリテラシーを次第に高めていき、やがてそれらが交差する瞬間があってくる。
しかし、そうしたイノベーションの行き着く先は、プロのエンジニアが不要になるということでもある。

かつて、PCを買ってきてネット回線を引いてあげるだけでソリューションと呼んで商売になっていた時代があった。今では考えられないことだ、と読者の皆さんは笑うかもしれない。だが、今のソリューション・ベンダーの仕事を未来の世界の住人たちが振り返ったとき、同じ感想を持たないと言えるだろうか。
情報技術は、どこまでも個人の能力を増幅する方向へと進化し、やがて空気のような存在となり、社会の総セルフサービス化を加速させていくだろう。IBMからマイクロソフト、グーグルへという情報重鎮の交代劇は、大企業から中小企業、そしてとうとう個人へと、ITの主たるターゲットが変化してきたことを意味しているのだ。

ソリューション・ベンダーは今、正に自分で自分をクビにする大変革の時期が到来しているはずなのに、このことに自覚的なベンダーが驚くほど少ないように思われる。これははたして杞憂だろうか。